* Pasiママ *
 今は亡きPasiママ。
 なんだかこれを書こうとすると泣きそうになっちゃう。
 Pasiママは去年(2004年)の4月に亡くなった。
 65歳で癌でした。
 私は2003年9月と、2002年2月にそれぞれ1週間づつぐらいPasiママの
 家(デガーフォースという町)に泊まりにいっただけでたったの2週間しか
 一緒にいませんでした。しかもフィンランド語しか話せないので私はPasiママの
 言うことが全くわからなかったけど、大事にされてることとか、
 スーパーに行った時通訳のPasiがいなくても「何かほしいものある?」って
 言ってくれた(絶対そう言ったとそのときは分かった)。
 もぅ、癌が進行していてあまり食欲がなかったようだが、私たちには
 夜ゴハンもお茶碗洗いもさせてくれず、無理やり「おなかいっぱいで動きたいから」
 と言わないとお手伝いもさせてくれなかったママ。
 2004年の2月に行った時にはびっくりした。その5ヶ月前まで食欲はなくとも
 元気に見えたPasiママが久しぶりの訪れた息子のPasiを迎えに玄関に出ることも
 できないぐらい病気が進行していた。それでも私を介護用のベッドまで呼び、
 私の家族は元気でやってるか、大学はどうか?と聞いてくる。分からないと分かっ
 ても通訳のPasiに話しかけるのではなく私の目をみて話しかけてくれた。
 なーんにもできなかった私。薬を飲むためパンしか口にしないママに野菜たっぷりの
 ミネストローネを作ったけど、Pasiママはたべれなっかった。
 2004年2月。Pasiママの家を去るとき、次回は5月にスウェーデンに3ヶ月滞在するから
 待っててね!とPasiママにいった。
 それから2ヶ月。Pasiママが死んじゃった。私がスウェーデンに行く一ヶ月前のコト。
 今でも私がフィンランドを話せず直接話せなかったことと、また会えると思ってちゃんと
 お別れと挨拶と、Pasiを幸せにすると約束できなかったことが無念でなりません。
 Pasiママ大スキだったよ!Pasiとちゃんと幸せになるからね!安心してね!
 
           世界にはいろんな人がいっぱい

 

 

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